三七会の諸兄、ご無沙汰しています。私は三年前からケアハウスという老人ホームに住んでいます。ここへ入るまで、実に色々のことがありました。十二年前に妻を亡くし、三年前に母が九十六歳で逝き、私自身も脳梗塞で倒れて、自死を考える程、落ちこんだ時もありました。息子が心配して、この老人ホームを探し、「親父さん、どうかここで落ち着いてくれないか」と頼む。私は彼に随分勝手な注文を出しました。「入居保証金をお前が出してくれるなら入ろう」とか、「毎月一回、東京か横浜で会ってご馳走して欲しい」とか、大層我が儘な父親です。そして、今日まで息子はその条件を忠実に実行してくれました。今の私は、孝行息子を持って幸福だと、しみじみ思います。

 ケアハウスというのは、厚労省の肝いりで、全国に現在三百個所つくられている施設で、高級の老人ホームには及びませんが、個室面積が約九坪、浴室等も完備して独り住まいには十分です。そして、私が何よりも気にいっている点は、このハウスが都塵を離れた丹沢の山深くにあることです。毎日が森林浴で空気がおいしい。喉の弱い私が、毎冬悩まされていた風邪とも全く無縁になりました。そして、三度の食事も一日千五百キロカロリー以下におさえた健康献立で、魚料理なども老人向けの調理、私は魚に骨があったことを今では忘れてしまいました。

 それから、ここで暮らして行く経費が大変に安い。入居者それぞれの収入に応じて十三段階に区分され、私程度の収入が最高ランクの十三です。その私が毎月支払う額は、食費から部屋代、電気代、水道代等一切合財を含めて十三万円少々で済みます。私の少ない年金収入でも、月に一、二回は東京や横浜に出かけて、友人と会食したり、年に二、三回の小旅行を楽しむゆとりも出来ました。

 このケアハウスには、隣接して認知症老人を収容する「グループホーム」や、身体不自由になった老人のための、大きな「特別養護老人ホーム」があります。外では希望者が大勢空きを待っているそうですが、私は、このハウスでXデーを迎えるか、認知症になればグループホームへ移る。手足が不自由になれば特養へ回してくれる。いずれにしても、この施設が「終の棲家」になった訳です。

 ここへ入った当初は、幾つかの戸惑いもありました。入居者の九十パーセントが女性であること。女性は、肉体的にも精神的にも強いのです。友人は「女護が島で暮らす、羨ましい」と言いますが、冗談ではない。「姥捨山」の婆様集団に、一握りの男性が紛れこんだ状態で、女性特有の異常性格者が何人かおり、その人たちとの応接に当初は大層疲れました。 しかし、今ではここで落ち着いて暮らせるようになりました。私の七十九年の人生で、一番穏やかで静かな時が流れているようです。

 数年前、脳梗塞を患ってから、身体は回復しましたが、大勢の会合に出るのが億劫になり、三七会にも失礼するようになりました。しかし、諸兄と過ごした海経以来の数十年は、私にとって何物にも変え難い大きな財産です。このハウスには、佐藤順一兄、伊富貴兄がはるばる訪ねてくれました。もし、こういう施設に関心のある、特に独り暮らしの方は、いつでもお出かけください。小田急線渋沢駅前から、施設の定期バスもあり、新宿からは意外に近いのです。終わりに諸兄のご健勝を心から祈って擱筆します。

 皆さん、さようなら。        (二〇〇六、一二、一記)



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「終の棲家」老人ホームから 

小 西  博 雄

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