第三の人生を迎えて

                  P 伊 藤  昭 三

 

 早いもので、来春早々に還暦を迎えます。垂水で皆様とお別れしてから、故郷で生きるため、仕事と勤務先を転々と変え、二十三年から二十七年まで富士通勤務で、一時川崎中原におりました。その間に法大を卒業して、上級公務員の二次まで行きながらも、家庭の事情で再び上田に帰郷して、高校社会科教師をこの春まで勤めてまいりました。

 現代社会という新設科目(僅か三年ほどで事実上壊滅しましたが)の長野県の指導者的役割を勤めさせられましたが、高校の社会科という教科はいわば雑学で、政経を中心として担当しながら、世界史、地理、倫理をもち、おかげで幅の広い視野を持つことができるようになったのが幸いだったと思います。

 その間、文部省ヨーロッパ海外研修の機会にも恵まれました。しかし、高校段階では、歴史的発想や、現状批判的な視点の取り方に傾きがちな面が多く、どうも最後まで馴染めなかったようです。また、社会科は、やはり文系の人間の分野で、理系的考え方をもつ私のようなタイプの分野ではないことも痛感しました。

 富士通勤労課時代の知識をもとに、十五年前にとった社会保険労務士の資格を生かして、いわば第三の人生を歩もうと再度実務通信研修を受けて、ほんとの六十の手習いをしている現状です。

 長男が来春から鎌倉市大船で勤務するようになり、帰郷することはなくなりましたので、六十二年中には長女夫婦のいる埼玉県岩槻市に移住同居しながら永住の地を探して、アルバイト的に年金相談の仕事や、YGなど性格検査の仕事でも打ち込めたらと、虫の良いことを考えています。だが、昨今の都下の地価の値上がりには閉口しています。

 これからは、時間はありますので、金の許す限りは海経の集まりには出席できると思いますので、よろしくお願いします。           

(昭六二、九、二記)

 

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