よろしく随想

                  O 榊 原  章 智

 

 ついこの間、仲のよかった鶴田浩二(小野栄一海軍少尉)が亡くなった。そしてまた、三七会報で、同分隊隣にいた蝦名真一君の急死を知った。戦後彼とは是非一度会いたいと思っていただけに悲しい。「たちつてと」がなまる彼の津軽弁の思い出。チガイマスがツガイマスとなって、一号にぶん殴られたり、チリトリがツルトルで叱られた彼を、横にいて見て同情したこともあった。思い出せばキリがない。同期の誼で、あの世で小生の特等席を先に取って置いてくれと祈る。

「人生五十年下天(ゲテン・化転)のうちにくらぶれば夢幻の如くなり」と舞い散った織田信長。「露と落ち露と消えなむ我が身かな難波のことは夢のまた夢」と逝った太閤秀吉。現在六十歳の節目をくぐった自分自身をみて様々思う。

 同期の桜はいいものだ。各人まだ名もなく地位も財産もない時から、一つの理念に燃えた人間同志の裸の体験的交際。互いに利害得失ぬきの人間を味わって成長した。以後四十有余年。十人十色、各人さまざまの生き様の中にここまで来た。失敗あり成功あり思惑違いありで、みんなそれなりに真剣に生きてきたと思う。そこに一人ひとりの人生六十年の歴史を秘めている。出世した友。しなかった友。金財をつくった友。つくれなかった友。世間的評価の物差しからみれば、俗にいうエライ奴。ウダツのあがらなかった奴。色々と差のついた人生に見える。しかし、そんなものは凡人の生臭い評価である。小生からみれば、あと何年もすれば、みんなあの世ゆきで、この地球上にはいない。そして、何も持って行けない。全員素裸で海経三七期のスタートと同じ条件である。誰が先になり後になるか、宇宙タイムで計ればたいした差はない。

 小生は日下兄に棺を軍艦旗で覆ってくれと頼んであるが、若しも日下兄が先に逝ったら困ったことになる。あの世で三七会の総員集合でもかけてもらうか。何れにしても、小生を含めてあと何年残存余命があるか知れないが、どの道三十年は無理であろう。「棺を覆うて事了る」というが、それまでは生々流転の人生で、皆さん正念場を渡って行かねばならぬ。

 人生に五計ありと言う。一に生計・・我いかに生きるか。二に身計・・我いかに身を立てるか。三に家計・・我いかに家庭を営み、維持するか。四に老計・・我いかに老いるべきか。五に死計・・我いかに死すべきか。我等今や人生の主題は老計死計の時期にある。よく世人は、五十、六十は鼻たれ小僧、まだまだ若い、などと言うが、あれは妄想虚想である。身のほど知らぬ一つの社交辞句であり、その心底には生病老死の四苦に対する人間の恐怖への力みと反言と言える。本気で腹からそう思っている人は少ない。小生の体験では、そういうことを言っている輩は、たとえ大臣、社長といえども、その死に様はなっていなかった。突然訪れてくる老化終焉という肉体のもろくも崩れた時、アタフタして老と死という人生のとりまとめが支離滅裂で全然ダメである。気と体のバランスを大慈大悲をもってまとめるのが悟りであり、肉体の老死と調和させ得なかった者の末路である。小生縁あってまことに異色の仕事と生き様を二十年やってきた。上は皇族の方々から下は市井の人々まで、陰の軍師参謀として付き添い、色々の人々の生き様死に様を、目の当たりに見てきた。凡て「夏草やつわものどもの夢のあと」である。

 総じて言えることは、人間は欲があるから、五計のうち生計・身計・家計までは何とか運をつかんで成功できる。しかし、老計・死計となると、残念ながら小生が尊敬できた人は少ない。何故なら、老計・死計の根本は、欲を捨てることから始まるためである。現世の欲望を少しずつ押さえ捨てるところから老計・死計が出来上がる。これは易しいようで難しい。老計・死計など立てられぬままに死を迎える人が殆どである。世人はカレンダー(日めくり)をめくる時、「四十歳まではまだこれだけある、四十歳過ぎたら、あとこれだけだと、日めくりをめくる気持ちを改めろ」という話がある。

 今や小生も還暦を過ぎ、小生なりの老計・死計があるので、一つずつ仕事を整理して田舎にUターンしている。いかに世間と家族の中に美しく老い、立派に小生なりに人生の締め括りをして、死んでゆくべきか、と真剣勝負している。

 人間晩節を汚したらダメである。全く縁起でもないが、その人の所有する宿命と因縁を、学理でもって分析鑑定ご指導申し上げるから、老計・死計に興味ある同期の方は、暇をみて田舎へおいで乞う。小生同期の桜に縁あって世話になり、この世でお礼するのはこれしか能がない。

 安心立命を得て、正常心をもって、静中動有り、厳しい老い様、死に様を考え、そして残余の人生の締め括りとしての生き様を、日々過ごされることを心から祈る。

 小生、寿命はほどほどにと念じているが、願わくば、同期の中で真ん中あたりで、あの世に行きたいと祈っている。

 せめて幹事日下兄だけは、現世の欲をもっともっとかいて戴いて生き残り、小生の棺に軍艦旗をかぶせてもらいたいと思っている。同期の幹事は、この世の最後の締め括りまでしてもらわないと、あの世で三七会幹事の資格なしだ。よろしく随想、ここらでよろしくお願いして終わりにする。 (昭六二、八月「三七会だより」七六号)

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