還暦を迎えて

                  M 小 原  雅 美

 

この昭和六十二年八月二十三日、満六十歳の停年を迎えましたが、三七会から一文をとのご依頼をうけ、別の意味で過ぎし日を思い出しています。

 記憶に間違いなければ、昭和二十年八月二十二日、垂水の山を後にしたことが、昨日のように思われます。一年足らずの短い生徒生活でしたが、現在も、それを誇りと考え、文末に、たまたま手もとにある入校当初の感想文を載せて頂きますが、若き日の考え方に、何ともいえない感傷に浸っています。

 さて、復員後、奈良の田舎で二年過ごしましたが、長男ではなく、土地もないのに一生百姓も出来ないと思い、復学し、阪急電鉄(株)に入社、一時期出向の時もありましたが、主として会計、財務の仕事を続けて来ました。現在子会社の阪急バス(株)の常任監査役として、第二の人生に入りました。

 公共輸送の使命は、安全・快適が第一です。人生もかくありたいと願っています。車内のマナーも、最近大分良くなりましたが、先日子供さんに席を譲られ、びっくりしました。年寄りに見られたのかも知れません。今後も二本の足で「ゆるぎなく」立って行くつもりです。

 先に書きました感想文の一節(原文通り)

五、経校ニ対スル所感

 入校前迄ハ、兵科ト違ヒ、学術ヲ主トスルト考ヘタルモ、其レハ大イナル相違ナリ、海軍士官ヲ作ルニハ、訓育ト学術トハ平行ナラザルベカラズ。              (昭六二、九、二記)

【平成十一年二月一日永眠】

 

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