判断の基準

                  E 皆 川  正 雄

 

 この世の中に難しいものは、何と言っても判断の基準である。時代によって、基準は変動するし、その国々地域によって異なる。また、マスコミに左右されることも多い。

 ペンを執る者、演出者は、時々、右顧左眄する者が多い。これが突出すると幇間と言われ、自己主張が多く筋を通し過ぎると頑固者と言われ、古い、融通が利かないと断罪され失脚する。それも時期が過ぎて世が変わると、あの人は時代に流れず偉かったと褒められ、先見の明があったと言われる。その基準は殆ど結果論による。歴史的に観ると、その多くは戦争と革命による。

 第二次大戦以後、日本においては、戦前戦中の思想や、発想、方法、殆ど総てが否定され、善悪の判断までが転倒したように見える。二千数百年?といえども島国のため、世界諸国に揉まれる率が少なかった故だろうか?

 日本が最大の国難は、蒙古襲来と明治のロシヤ南下政策による日露戦争であり、これ等は何とか時の運、地の利を得て切り抜けて勝ち、当時は日本の正義は通り、判断の基準は変更なく治まったが、第三の国難である第二次世界大戦に負けると、その基準が一変し、今まで善いと思っていたことが殆ど総て軍国、侵略に結び付けられ、国歌君が代も悪の根源の如く弄ばれ、またそういうことが文化人であり進歩的の如く、マスコミは報道する。戦後、戦争は総て悪であり、その悪口以外は言うことすら禁句のように言われ、日本が好戦的で日本の罪悪を言うことが正義感の如く言われるが、世界の歴史をひもとく時、古今東西、戦争が大きな役割を果たすと共にその結果、革命も起こり世界地図も塗り変えられ思想体制も変化し、判断の基準も天と地の差の如く極端に変貌する。本当に嘆かわしい次第である。そして、これを無視して通るわけには行かない。各個人の生活がかかつている。従って、歴史を広く長期に亘り直視し、判断の基準を見つめ直さなければならない。

 未だ嘗て勝者が悪者になったり、裁かれたことはない。阿片戦争を考えても然り。言論の自由においてもその通り。言論の自由の名において、言論を圧封する。言いたくとも、その時代の背景において言い難いこと、言わない方が良いと判断する事があるものだ。殊に現代においてはマスコミの影響が大きく、善悪の善の部が圧殺されることが多い。悪貨は良貨を駆逐する類だ。また、人々もマスコミを恐れて黙っていたり、逆にこれを大いに利用し演出して天下を狙う者も多い。

 マスコミの判断の、基準に及ぼす影響は馬鹿にならない。なお、世の裁判においても、下級裁判所において死刑と判定されたものが、上級裁判所では無罪となることがある。その逆になることも稀にある。極刑から全く白となる。素人から見ると、狐につままれたようなもの。全く判断の基準を奈辺に求めるか疑いたくなるものである。

 では、判断の基準は何処にあるのであろうか。これは極めて難しい問題である。一つの点や線や文章、一片の法律では決め難いものである。現在は只、社会の秩序と安定を保つため、一応の線が何となく存在し、ルールや法や文章となっているが、これも時代と共に変わり、訂正され、解釈も異なって行く。従って、我々が判断の基準を求めるには、足下(現在の法、道徳)を尊びつつ未来(各人の考える理想像)を見定め、現実味のある近未来の線を結びつつ判断を下す方がベターではなかろうか?

 抽象的で実際には分かりにくいかも知れないが、それが、時間が長くかかっても一歩ずつ曲がりながらも広い理想像に近付くことになるのではないだろうか。具体的にはこれを基礎にして、しっかり考えて、ケースバイケースで判断して行くより仕方が無いのではないかと思う。

 戦後四十二年を経て、海経三七会員の方々の中にも残念ながら病に倒れ、他界された方も次第に多くなったが、元気で世のため大いに活躍されている方も多いと思う。これからは、一層旧交を温めつつ還暦を過ぎ、零からの再出発に当たり、今までの個人の歴史を大事にして、日本国家の歴史と前途を愛し世界史を充分考え、今後の道程を堅実に歩み、社会との連帯を築き上げたいと望んでいる。

 最後に海経三七会の発展と皆様のご健康を祈って筆を擱く。  (昭六三、二、一一記)

 

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