いま、思うことども

                  E 一  谷   彊

 

 終戦以来四十有余年、全く昨日のようですが、月日の経つのは旱いものです。危機的状態から再起した我が国の潜在的エネルギーに感動するとともに、私の心のうちには、今も、三七期生として海軍経理学校に生活した経験が大きな心の支えになっています。当時の良き面を生かし、マイナスであったと思われる面は反省し修正しつつ心の糧にしております。

 個人的なことながら、海経閉校後、京都にもどり、父のすすめで師範学校(現京都教育大)に編入学、卒業後小学校の一教員として人生を再出発しましたが、子どもを教育するには何より自己の内面的充実と成長がなければ、彼等に「こやし」を与えることはできないと発心、再度大学に編入、卒業後教育大学の付属小学校の教員をやったあと、助手、講師、助教授を経て、現在は教授として末席を汚しています。この間、学生部長、保健管理センター所長などの併任を命ぜられ、多様な且つ貴重な経験をさせて頂きました。研究的には、自分の専門(心理学)にそれなりの研鑽を重ね、一応の評価を得て文学博士の学位を授与されました。この間、私を支えてくれ

た精神的拠り所は、海経での二度とは出会うことのない貴い経験と、小学校教員として若き日を子どもたちと過ごした彼らの純真無垢なまなざしです。

 今でも、終戦直前の三七期の皆様、分隊監事、指導教官、三五期、三六期の諸先輩の姿を思い出し、同時に、教員として接した児童の姿を思い浮かべて、ややもするとくじけそうな我が身を励ましつつ生活している今日このごろです。

 皆様。分隊監事。一号生徒。二号生徒。有り難うございました。そして、私の何よりもかわいい児童生徒諸君、有り難う。感謝と懺悔の気持ちを忘れず歩み続けようと思います。

 「モノ」の豊かな時代にあって、当時のハングリー精神を忘れることなく、「報恩の誉れ」を実現することが、今の私にできる、せめてもの、皆様や子どもたちへの恩返しと思い、我が身にむち打っています。

 皆様お元気で。併せて平素のご親切と、私自身のご無音の不躾をおわびします。皆様のご多幸、ご発展を心からお祈り申します。              

(昭六二、一二、二記)

 

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