還暦を迎えて

                  D 小 林  義 一

 

 一九八〇年四月二十五日、ニューヨークのマジソン街と四十二丁目が交差する角にあるビルの十階、時事通信社ニューヨーク総局のチッカーが、けたたましくチャイムを響かせてフラッシュ・ニュースを告げた。イランにおける米大使館員人質事件救出作戦の失敗がその内容だった。大統領選挙を秋に控えて、カーター大統領(当時)が打った大バクチが失敗したのだった。

 フラッシュの段階では、まだ詳しい状況はわからなかったが、続報、詳報によると、この作戦には米陸・海・空・海兵隊四軍から募った特別攻撃隊員約九十名が動員され、ヘリコプター八機と輸送機が参加したが、砂漠の中の着陸地点で砂あらしに見舞われて、ヘリコプターのうち二機が使いものにならなくなり、一機が輸送機との衝突事故で損傷、結局帰還したのは五機にとどまったといわれた。

 砂漠を作戦の舞台とする以上、あらゆる事態を想定した十分な計算があったとみるのが常識と思われるが、現実はあまりにも惨めな結果に終わった。米国の経済力の衰退を象徴する衝撃的な事件であった。当時、日本との経済摩擦の代表選手は自動車であり、日本側の輸出自主規制という形で決着をみたが、その結論を見る以前に二年間の勤務を終えて帰国し、カーター大統領の落選は、東京の本社で連絡を受けた。取材に縁のあった頃の最後の事件として強く印象づけられている。その後、業務(営業)と事業を担当し、出版、調査と範囲を広げ、現在は調査専門の社団法人中央調査社を担当している。

 四十年前、言論機関を職場として選んだのは、世間に物申せる存在になりたいと思ったからだが、結果は評論よリ実業という、こと志と違う道を進むことになった。経理学校経験者というと、何となく数字に強いように受け止められがち。小生には全く当てはまらないのだが、経理とは違った角度から数字を眺める仕儀となった。

 最近の消費生活の特徴として、個性化、多様化が挙げられ、「消費者が見えなくなった」、「消費者の購買行動がわからなくなった」という嘆きが、マーケティング担当者の口からよく聞かれる。本当にそうなのか、そうだとして、これからの消費者(最近は生活領域全体を対象に「生活者」という概念で捉えることのほうが多い)はどういう方向に動こうとしているのか、その芽を探り出すような調査手法はないか、これが小社の取り組もうとしている最大のテーマだ。

 ここに一つの実験調査の結果をご紹介して参考に供しよう。我々もその一員を構成している高齢化社会の中で、一定の社会的地位を占めておられる四十歳以上の有識者百人に、老後の生活について意見を求めたもの。「老後を考えて一番心配なことは」との問いに対しては、健康、時間の使い方、会社の将来の三つの回答の比重が高く、「健康増進のためにふだんからやっていること」では、ウォーキング(歩行)を挙げた人が最も多く、スポーツがそれに続く。スポーツの中ではゴルフが圧倒的に多く、水泳、体操、テニスが続く。まだ少数だが、ヘルスクラブ、アスレチッククラブ利用という回答もあった。食生活では菜食、減塩が二本柱。

「余生をより豊かなものにするためにやっていること、やりたいこと」に対する回答では、趣味を広げようとする意欲が目立った。囲碁、将棋、旅行、園芸、書道、絵画、俳句、美術鑑賞、音楽鑑賞、読書などから「エッセイ集の製作」、「宗教の研究」、「家の歴史と郷土史の研究」、「楽器演奏」、「謡曲・小唄」ときわめて多彩。今日的なものでは「英会話」、「ビデオ編集」、「モーターボート・航空機操縦のライセンス」、「ペンション経営」などが挙がっている。    

「理想の老後の暮らし」についてのイメージでは、「夫婦そろって健康で、他人の世話にならない安定した生活」が一般像。その条件として(1)自分の健康、(2)妻の健康、(3)精神的経済的安定、(4)子供の社会的安定を挙げた人もあった。また、「他人の役に立っているという白覚を持てる生活」、「他に煩わされず、悠々自適に趣味に生きる」、「家族に囲まれて好かれる老人」などというイメージもあった。もっと具体的に、「週に二、三日会社に出勤。二、三日は好きなことをやり、一、二日休養する」、「子供たちの近くに住み、時々食事を共にする」、「月に一度、妻と美術館、映画、芝居などを見物したあと、レストランで食事をする」などの回答もあった。

 以上はいずれもオープン・アンテナから一部を抜粋したもの。諸兄はどう受け止められるだろうか。ご意見、ご感想を頂ければ幸いである。               (昭六二、一〇、一七記)

 

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