主人との思い出       

D 西村是一夫人 西 村  光 子

 

主人西村是一亡き後、三年が過ぎました。私は、三七会の皆様にお世話になり、お言葉に甘えて、総会と懇親旅行に連れて行って頂き、楽しい思い出を作らせて頂いております。

 世界平和が一番ですが、地震、津波、雪害等々自然災害が多く、防ぎようがないのが辛うございます。

 今、主人と共に過ごした日々を顧みますとき、昭和三十四年から六年間、広島へ家族で転勤し、よく「あさかぜ」の寝台車で往復。長男が一年生から六年生の時で、広島弁もよく覚えて、私にとっても一番楽しい生活だったように思われます。その「あさかぜ」も、終わりになりました。

 次に、大阪に九年、単身赴任しており、(今年は愛知万博で賑わっておりますが)子供達を連れて暑い大阪の万博へ行ったことを思い出しております。

 主人は、野球も大好きで、長男、次男が慶応高校野球部に在部しておりましたので、私と末娘由利は、板橋から都内を通過、神奈川の保土ヶ谷球場へ参り、重い八ミリを回し、スコアブックを付け、主人が東京へ帰った時、その八ミリを映写するのを楽しみにしておりました。

 今年は、四十五年振りの甲子園出場で、息子達は甲子園へ応援に行き、私はテレビの前で塾歌を歌ったり、拍手し涙を流したり、主人の仏前へスポーツ紙を供えたりいたしました。甲子園の道は遠いです。

 主人が可愛がっていた十八歳の犬が、この三月、死にました。

 三月十日の東京大空襲からも六十年、東京の空にB二九が赤く染まった日は忘れられません。息子とゴルフに行ってハーフを回ります際、成田空港の出発・到着の便が頭の上を通るので、B二九と空襲を思い出してしまいます。

 今年もまた、節目、節目に何があるのでしょうか、昔を懐かしんでおります。

 どうぞ皆様も楽しい人生をお過ごし下さいませ。

 

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