定年後の作陶

                 O 川 村  忠 友

                

定年前に、退職して何をしようかと迷っていました。タイル工場に勤めました。あまりの重労働、あまりの暑さに参って辞めました。

残業を終わりて脂にまみれたる

我に真向かう星一つあり

土地を少し買って野菜を作りました。名古屋コーチンを飼ったりしました。

山畑に芋掘りおれば木の間より

口笛高く近づきてきぬ

こんな日のある時看板を見つけました。陶器を教えるとありました。すぐ申し込みました。みんな黙ってろくろを回しています。先生は何も教えません。一人だけ教えたがりやがいました。私はその人に習いました。

茶碗づくりのうまい人がいました。私はそっと見つめました。

人に勧められて職業訓練校に入りました。さすが瀬戸市です。陶器を教えるのです。菊練りを三週間やりました。茶碗に絵を描きました。獅子アウンを作りました。総代で卒業しました。わずか半年でしたが、手ひねりが得意になりました。

もう一度前の教室に帰りました。ここは窯を貸してもらえるのです。窯炊きを覚えました。

やがて窯の大変上手な人に会いました。油滴天目を焼くのです。何回も焼いてピンホールを無くします。諸外国の指導を終えて帰ったところでした。

私は彼の家へ通って天目を習いました。ユウ(薬)は教えてくれません。でも五回ほど通って天目の形は覚えました。油滴のユウを探しました。どこにもいいのがありません。長谷川氏が何回も焼いて寺田商店に作ってもらったと言いました。五十回も焼いたそうです。私も寺田商店に行きました。それから私も五十回くらい焼いたでしょう。

新聞に市博物館で獅子香炉の展示があると載っていました。早速見てまねしました。龍も覚えました。

練り込みというのは案外難しいのです。いろんな粘土を混ぜたり縞模様にしたりおもしろいのです。これは資料館の講習で習いました。

木の葉天目もやりました。木の葉を実物そっくりに写すのです。これもある名人に習いました。葉を塩酸で溶かして葉脈だけにして器に貼るのです。これはうまくいきませんでした。

彫りはうまくできました。木工でいろんな彫りをやったので彫りがうまくなりました。大きな壺に彫りを入れました。大皿にも彫りを入れました。

動物も得意でした。初めは犬、そして今も犬です。そして猫、小鳥、たか、犀、ライオン、ワニそして十二支。

備前もできます。火襷は簡単です。窯変や胡麻は大変です。

今は皿や壺に絵を描いています。脳梗塞以来ちょっと絵が下手ですが仕方ありません。今日は百合を描きました。

 

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