海経と簿記会計

                 J 佐 野  英 雄

 

海経で習った多くの学科のうち、簿記については苦労しました。知識の全くない中学出身の私にとって、東京商大太田哲三教授、横浜高商沼田嘉穂教授の授業は苦痛でした。いきなり借方・貸方の講義でしたが、何のことやらさっぱり分からず、商業出身者に対して劣等感を感じ、羨ましく思ったものでした。

戦後、生命保険会社に就職、必要性を感じ、独学で勉強したものの理解できず、簿記学校に通い自分で記帳することにより、やっと理解することができました。

複式簿記は、イタリアの商人が取引の記録のために発明した手法で、現金取引だけでなく掛取引も含まれていたようです。その後、オランダ、イギリスから米国、日本に輸入されたそうです。日常取引を借方、貸方に仕訳して元帳に転記し、減価償却費、引当金計上、前払・未払費用、前受・未収収益等の決算整理をして精算表により貸借対照表、損益計算書を作成することにより当期利益を算出する一連の作業手法です。

ゲーテは「複式簿記は芸術品である」と言ったそうです。「工業簿記」、「建設業簿記」、「銀行簿記」、「農業簿記」、「官公庁簿記」、「商業簿記」等がありますが、いずれも複式簿記の手法で作成されます。

最近問題の多い企業会計について述べてみたいと思います。法律で規制されている企業会計制度には「商業会計」、「証券取引法会計」、「税法会計」がありますが、不正企業会計で色々な事件が発生しており、日本の「長銀事件」は粉飾決算により投資家に損失を与えた証取法違反と、債権者保護のために設けられた利益配当制限規定の商法違反による経営者責任が問われております。一方米国で起こった「エンロン事件」は、経営者と監査法人が馴れ合いになり、費用計上すべき処理を資産計上し、貸借対照表の資産を膨らませて株主配当をし、倒産に至らしめたものです。大統領は、資本主義の危機として新たに法律を制定し、経営者の不正会計防止宣言を取り付けました。企業会計の通信簿である「財務諸表」は、「正規の簿記の原則」即ち複式簿記の手法で「企業会計原則」に従って作成されており、利害関係者の判断資料となっております。我が国の企業会計原則では、貸借対照表上の資産は原則として取得原価を表示しなければならないとしており、「取得原価主義」をとっているのですが、株価や不動産価格、為替の変動等に伴う損益を加えた「時価主義」を取り入れた財務諸表が要求されております。二〇〇五年に導入予定の減損会計も、国際会計基準(時価会計)に近づくためのものです。銀行の不良債権処理問題は、日本経済再建上重大です。財務諸表である「バランスシート」をいかに健全化するかにかかっております。

銀行は、問題債権を明確化し、将来の損失に備えるための貸倒引当金を充分に積み増しをすること、資本注入により自己資本を増大すること、日銀等に保有株式を売却し、身軽くして将来の株価値下がり損失を少なくすること等が必要と思いますが、担保である土地の値下がり防止も必要です。税法による譲渡益課税の軽減や、最近問題となっている「不動産投信」発行による土地の流動化による値下がり防止策があります。米国においては、土地は値上がり傾向にあり、不動産投信は利益を全部配当することを条件に無税で、値下がり傾向の株式から不動産投信へ資金が逃避しているようです。日本でも、不動産会社、証券会社の不動産の証券化による不動産投信が期待されております。最近の上場会社の有価証券報告書には、「連結財務諸表」、「キャッシュ・フロー計算書(資金運用明細書)」、「退職給付費用の内訳」、「ストックオプション(自社株購入権)」、「デリバティブ(金融派生商品)取引」、「税効果会計(企業会計と税会計の差異説明)」等が記載されており、これらを理解する上で益々簿記・会計の知識の必要性を感じます。

さて、海経の残した功績として「原価計算制度」の導入があります。海軍は、物品の調達のため、正確な原価の掌握の必要性を痛感し、ドイツから原価計算制度を導入し、取引製造会社に制度の導入を義務付け、それにより計算された原価に一定の利益を上乗せした価額で製品を購入しました。今日、製造会社では、原価計算基準に基づき実際標準価格を計算して「製造原価報告書」を作成し、製品価格の決定や原価管理、予算統制を行っております。八期青木大吉氏は、原価計算の大家で「海軍原価計算の基準」の策定者です。 

もう一つ海経の残した功績は、戦後多くの会計人を輩出させたことです。六期等松農夫蔵氏は、八期青木大吉氏と共に第一号の「等松・青木監査法人」を設立、九期井上健男氏(入校時の生徒隊監事)は東京オリンピック組織委員会の会計責任者、二七期四元正憲氏は相続税の大家で税理士試験委員に就任、二七期増本正典氏は庶民のための会計の本を多く出版され、三三期冨田岩芳氏(垂水の時の甲板士官)は「少数精鋭主義」の本を出版され、国際監査法人の一員として活躍中。その他多くの公認会計士、税理士、経理専門家がおられます。

今日の複雑な会計制度を理解するには簿記、会計の知識が益々必要であり、若いうちに修習させるために、普通高校にも商業学校と同様に簿記の科目が導入されることを希望します。  

 

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