余生の在り方

                 C 成 川  菊 雄

 

我々同期の仲間も遂に三分の一以上が鬼籍に入り、年中行事である総会・旅行等も、開催が今まで通りできなくなろうとしている。このあたりで、余生の在り方について、改めて考え直してみるのも、それなりに意義があろうかと筆を執った次第。

(本質)

人生いろいろとか、十人十色とかいう言葉があるように、素直に各自が好きな生き方をすればよいと思う。かくあるべしと決めることはない。だがどの途を選ぶとしても、究極的に、同一のところへ帰着することが望ましい。それは各自が自己実現を果たし、この世を去るに当たって、我が人生に悔いなしと言えることである。

(好きな生き方とは)

年をとっていくことを前向きに捉えた上で、あまり無理せず、しなやかに生き抜く具体的対処の仕方としては、

一、現在の仕事に惚れて、一生を貫く。芸術家、創業者、職人等に多くみられる。

二、文字通り余生として、花鳥風月を友とし、自然と一体となり、気の赴くままに一生を送る。一見楽なようで、実はこれが一番難しい処世術であり、我々凡人、俗人には、とうていできるものではない。西行法師、鴨長明、良寛、芭蕉、宮沢賢治といった先達たちである。

三、現職を辞すべき時を誤らず、予め後継者を育成して席を譲り、その後は分相応の社会奉仕に励みながら、あとは趣味、趣向に従い、余生を楽しむ。

四、無為無策に一生を送る。

(大切なもの)

余生を送る上で大切なものとしては、次の三つを挙げたい。

一、交友 人との出会いは、時としてその人の一生を決定づける。

二、信心 安心立命を得るためにも、報恩感謝の生活を送るためにも、度合いは別として必要と考える。時にそれを必要としない意志強固な信念を持った、無神論者も少数ながらいるが、普通人にはできそうもない。

三、お金 執着は勿論してはならないが、好きな人世の生き方をする上で、それ相応の貯えは必要であろう。

(私自身の歩み)

 以上、余生の在り方について原則論を若干述べたが、理屈よりも実生活の方が、諸兄としては興味があろうかと思うので、顕示欲と誤解される恐れもあり、不本意ではあるが、敢えて私自身の実体をさらけ出すこととする。実は前記一、二は無理、といって四は論外 なので、三項志向で歩むしかなかったのが、偽らざるところである。客観的にみて、それも七十点程度と思うのだが。

一、余生に対処するに当たっての考え方

 ?自分の好きなことをやりながら、まずまずの生活ができ、同時に、それが他人のためにも若干お役に立つこと、それが私にとっての所謂自己実現であり、人生の至福と考えている。 ?平穏な家庭とよき友に恵まれ、報恩感謝の生活が送れれば、それで良いと思っている。 高齢化社会において、余命は以前よりずっと長いので、予め具体的生活設計(マニュフェスト)を、それもあまり無理をしない程度に決めておき、あとはそれに副って、朗らかにマイペースで歩むことにした次第。 ?人生は生涯学習、従って生命ある限り、大きな夢、ロマンを持ち続け、最後までそれに向かって挑戦したい。 ?子孫のために美田を残さないが、迷惑もかけぬよう心掛けたい。 ?人間は自分一人で生きているのではない。大宇宙の目に見えない、大きな存在するものによって生かされ、更にまた、この世においても、多くの人達に支えられて生きている。自分が生きていることの意義を考えるのは当然であり、それなくしては、人生の意義はないと心得る。私にとり信仰は大きな財産である。

二、具体的歩み

 ?良き糟糠の妻とは、四十九年間(平成十五年五月死去)平穏な家庭生活を送ることができた。独り住まいの我が家において、花に飾られた写真に対し、朝晩の挨拶を交わし、今も私の胸の内に彼女は生きている。

 ?同期諸兄を始めとして、学校(小学→大学)、会社、趣味、地域関係等、良き友に多数恵まれ、今も彼等を大切にしている。子孫に対しては、上記考え方通りに実行するつもりでいる。 家の宗旨が、たまたま他力本願の浄土宗であるため、法然上人の一枚起請文、親鸞聖人の歎異抄に強く引かれるようになった。聖書は原書で読み、教会へも在学当時よく通ったが、矢張り、キリスト教よりも、私にとっては仏教の方が向いているように思われる。日常行事として、神棚のお榊や仏壇のお花は、毎朝水を取りかえて拝み、時として仏前において、一枚起請文、般若心経等を唱えている。 社会奉仕の一環としては、平成二年六月の退任の翌日から成川塾を開き、今年で十五周年を迎え、次は二十周年を目指している。できるだけ辞めるようにしたが、抜け切れないものが会長、顧問等尚いくつか残っている。 日常生活費は、年金だけでまあまあ足りているので、余生を楽しむための資金運用として、株式を若干やっているが、現物主体(投資)で先物(投機)は絶対やらないことにしている。

 ?丁度七十九歳を迎えたのを契機として、雑駁な多趣味志向から、三ゴ(ゴルフ、小唄、碁)と旅行程度に漸次的にしぼり、ゆとりを持って余生を楽しむことにしたいと考えている。マニュフェストとしては、ゴルフ九十歳、小唄九十五歳、碁百歳までを目標としている。特に旅行に関しては、国の内外を含め、一期一会の旅を企画し、交友者中より百十五名を対象として、順次訪問することに決めていたが、諸般の事情により遅れたため、既に十名が他界し、目下極めて焦っている現況下にある。外国関係の下準備としては、英語(一応外国人と話すには困らない程度)に較べ、中国語、スペイン語が劣るので、そのレベルアップに努力中。

 ?健康に関しては、十分な睡眠(中々実行できない)、適度な運動(毎朝六時半、近所の公園でラジオ体操、直後にウォーキング五十分、これは合格)、食事への配慮(時々食べ過ぎて失敗)、の三点をできるだけ守るよう努力しているが中々できない。 歯は半年毎に歯石を取るなど、養生に努めているせいか、まだ全部自分自身の歯を保っている。六十歳から始めた気功(廖赤陽)のお蔭で、胃癌の開腹手術(平成十三年八月)にも動揺することなく、回復も順調だったことも付記しておく。

(結び)

 還暦文集に登載して頂いた別掲記、並びに卒壽頃に補稿として書く予定の晩年記と併せ、三部作よりなる我が百歳記を併読願えれば、多少は諸兄のご参考になろうかと思っているが、その時まで生き抜かれる老兄諸氏が、果たして何人位残っているのか、予測の限りでない。

 凡てに感謝し、人のため世のため地球のため、ささやかながらも分相応の恩返しをしながら、少なくとも百歳までは、健康で余生を楽しみ、前向き、感謝、愚痴を言わないの生活信条の下、一日一日を送り、我が人生に悔いなしの満足感に浸りながら、この世にお別れしたいと願っている。

 

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