晩年の病気

                 O 川 村  忠 友

             

一、十一年前(一回目)‥‥平成二年

寝付いて急に目が覚めたら動きにくく、妻を起こして救急車で病院へ行きました。口も動きにくかったようです。軽い脳梗塞だったようです。すぐ入院しました。注射してくれた看護婦が低い声で、「煙草を止めなさい」と言ってくれました。四日入院しました。退院後の一カ月の苦労で煙草を止めました。好きだった鈴鹿山脈の山登りを止めました。代わりに東海自然歩道を歩きました。週一回名鉄や近鉄のハイキングにも参加しました。孫も参加しました。

二、四年前 (二回目)

 ところが四年前、全く同じ状態で二回目の脳梗塞になりました。

今度は重いのです。口が動きません。足も動きません。リハビリに通いました。私は二十年前から瀬戸市で陶器をやっています。リハビリで急須を作れたときは嬉しいでした。酒がまずくなったので毎晩飲んでいた酒をやめました。バス旅行に切り替えました。でも大変でした。一回目のバス旅行で上高地に行ったとき、途中で参ってバスを降り、電車で帰りました。食あたりで激しい下痢の時もありました。でも続けました。お蔭でたくさんの旅行ができました。

三、一年前 (三回目)

ところが三回目の脳梗塞になりました。今度はタクシーで病院

へ行きました。病院の図書館や屋上の植物園、食堂、リハビリの体操と手ろくろなど楽しいことが多くありました。一カ月で退院しました。医者は車の運転は危ないと言うけれど、運転を続けました。一、二回危険はありましたが、今は運転のできることに感謝しています。運転で通う瀬戸市の陶磁器資料館で、二十年間の作品を展示してもらいました。広い部屋一杯になりました。老妻の人形も展示しました。「どうして三回も脳梗塞をやって無事なの」と聞く人もいます。恐らくすぐ病院に行ったからでしょう。今は名古屋市内のいろいろな場所に行きます。毎日日曜です。

四、お願い

病気についてあれこれ書きました。参考になれば幸いです。

また、陶芸の作品、ご注文はありませんか。どうぞお便りください。お待ちします。(電)は〇五六一―五四―七〇三七  でも聞きにくいかもしれません。

以下のような作品です。

ア:茶碗いろいろ

イ:鶴首花瓶や皿に絵を描いたもの、金をぬったもの

ウ:香炉(獅子など)

エ:いろんな動物、とくに犬が得意

オ:兜・龍などいろいろ、備前土もあります。

カ:油滴天目は亡き師加藤義守が銀座で一個百万円で売ったものです。当時はバブルでした。

問題は四回目の脳梗塞。なったら困ります。どうぞ遠慮せず注文ください。無料です。あるだけの品を、できれば窯で焼いて送ります。

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