一教員のささやかな回想

                 B 本 瀬  岩 尾

 

私は、昭和二十三年四月に富山県の教育界に身を投じた。

小学校、中学校、教育行政機関等に、通算して四十年間勤務して、昭和六十三年三月末をもって定年退職した。

昭和二十三年ごろは、教育界では、職業軍人出身者に対して、はげしい敵意をあからさまに示す人達がいた。その人達は、とくに陸士、陸経、海兵、海機、海経の出身者に対して冷ややかなまなざしを向けており、何かあれば、この時とばかり鋭い言葉をたたきつけてきた。そして、職場もそれに同調するような雰囲気であった。

そのような雰囲気では、私は「海経」出身であるということを秘して、じっと耐えていなければならなかった。

そのとき私の心の支えとなったのは、瀧明教官が終戦の時に私達生徒に示してくださった歌であった。

  「ことしあらば

    いよよふるはん

         やまとだま

      山に起きふし

    野にひそむとも」

     (海軍主計大尉 瀧明洋次郎 詠)

この歌を心の支えとして頑張り抜いて、次第に周りの雰囲気におじけなくなった。職場では、「海経」出身ということを隠さないで勤務するようになった。

それから三十四年たって、校長として赴任した中学校では、生徒と保護者に対して堂々と、「私は海軍経理学校出身であります」と宣言した。

その宣言文に当たるものは、昭和五十七年三月十七日付けのPTAの広報誌に、卒業する生徒に対して贈る餞の言葉として載せたものである。場面設定では創作した点が多くあり、かなり気がひけるが、次に記す。

 

熱と意気と顧みるときの微笑みを

              校長 本 瀬 岩 尾

三年生の皆さん、卒業おめでとう。いよいよ中学校の学業を終えて、皆さんの一人一人が人生の新しい節目を迎えることになりましたね。

この時に当たり、皆さんにお祝いと激励の気持ちをこめて一つの言葉を贈りたいと思います。

それは、「青年の本領は熱と意気と顧みるときの微笑みである」という言葉です。

私が皆さんとよく似た年齢の少年時代に、先輩から言われた言葉です。

今はもうその学校はありませんが、昭和十九年に海軍経理学校へ入校して間もなくの頃でした。どちらかといえば、その学校で勉強する内容よりも、詰め襟のキリッとした制服に短剣をつっている海軍生徒のカッコ良さにあこがれて入校した私は、毎日の学校生活の厳しさにびっくりしました。

朝の「総員起こし」の号令がかかった時から夜の「巡検用意」の号令がかかるまでのびっしりつまった日課行事のいそがしさ――このいそがしさを私達は「屁をこく間もないいそがしさ」と言っていました――上級生の指導の厳しさ、こういったことに私達三号生徒(一年生)はびっくりして「大変な学校に入ったもんだなあ。娑婆が恋しいなあ」とよくぼやいていました。

そんなある日、私達三号生徒全員が一号生徒(最上級生 三年生)から集合を命ぜられました。そして一号生徒の代表が私達に気合を入れるために次のようなことを言ったのです。

「三号、よく聞け。貴様らは娑婆におるとき、この学校の生徒のカッコ良さにあこがれて受験したかもしれぬ。しかし、海軍経理学校生徒は海軍主計科士官の卵だ。おれ達海軍経理学校生徒はまだ二十歳前の青年だ。だが、この学校の生徒としての三年間に、主計科士官としての基礎をしっかり身につけねばならないのだ。

おれ達一号はもうすぐ卒業して軍艦に乗り組み、戦場へ行かねばならない。おれ達の後を継ぐ貴様等に遺言として言っておきたいことがある。

海経生徒は毎日の学校生活での日課行事を自分の全力をかたむけてやりとげていかねばならない。それによって実力をつけるのだ。一つの物事をやるときに、全力を挙げて心を打ち込み、元気いっぱいにやること、そしてやり遂げたときに、自分の努力した後を振り返ってにっこり笑えるようにがんばってもらいたい。この態度で毎日の日課行事に取り組めば、必ず実力をつけることができる。

おれ達三五期生徒が貴様等と同じような三号生徒であった時、その時の一号生徒の三三期生徒が言われた言葉がある。それを貴様等三七期生徒に伝える。

『青年の本領は熱と意気と顧みるときの微笑である』。先ほどからいろいろ話してきたことはすべてこの言葉が言いあらわしている。これを三五期生徒から三七期生徒への遺言だと思って、いつも胸中に秘めて頑張ってもらいたい。」

あれからもう四十年近い歳月が経ってしまいました。あの時十七歳であった私も五十四歳になりました。

しかし、これまでの私の人生において絶えず私を励ましてくれ、今も励ましてくれているのはあの先輩の言葉です。それを今一度述べて皆さんへの餞の言葉とします。

「青年の本領は熱と意気と顧みるときの微笑みである」

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そして、この言葉は

七十六歳になろうとしている私を

今も励まし続けてくれている。

 

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