海軍と私

K 小 川  泰 夫

 

 「栄ある海軍生徒」。この言葉を口ずさむ時、今でも全身が引き締まり、洗われるような気がするのは、私だけだろうか。昭和十九年十月入校して二十年八月までの十一カ月間、私を支えたのはこの言葉であった。そして、この言葉の裏に秘められた幾つかの言葉を今思い出している。この秘められた言葉が私に与えた事を考えてみたい。

一、娑婆 

入校した途端、「貴様達は今日限り娑婆とはお別れだ。一日も早く立派な海軍軍人になるべく、全力を尽くせ」と檄が飛んだ。「何かえらい所にはまり込んだらしい」というより、どうしたらよいか戸惑う暇もなく、毎日「娑婆っ気を抜いてやる」の怒声と鉄拳の嵐が荒れ狂ったのだった。その結果、もう娑婆っ気を出すのは止めて、早く立派な海軍生徒になろうと思った。

二、「巡検用意」 

この号令では「総員起こし」と同様、動作の敏捷性と正確性が要求された。寝具用意に続いて、平常の服装を脱ぎ、正確に折り畳んでチェストの上に順に重ね、寝衣に着替え、姓名申告をするのに五十秒か一分以内が要求される。毎晩「急げ!!」、「あわてろ!!」、「でれでれするな!!」と怒鳴られるうちに、二号生徒の指導もあり、要領も覚えて時間内に出来るようになった。無理なようでも「やれば出来る」と思った。

三、「元気明朗、三号第一線」

 分隊の訓育では、いつも三号は真っ先に動き、しかも他分隊に負けられなかった。これは私に積極性、勇猛心、自ら苦難に当たる犠牲的精神を与えてくれた。

四、「猛省を促す」

 この言葉には、鉄拳がついている。全体のうちの誰か一人がヘマをしても全体が猛省しなければならない。毎度のこの怒声に、自分がうまくやるだけでなく他の仲間もうまくやるよう助け合わねばという気になった。

五、「以ての外だ」

 これは大した理由もないのに三号を殴る時の口実用語と思って、嵐の過ぎるのを待つのみだった。いくら怒声を発し鉄拳を降らせても、相手が納得しなければ何の効果もないことをさとった。

六、「スマートにやれ」 

 これは色々な意味に解釈できる良い言葉だと、今でも思っている。国語辞典には色々書いてあるが、それ以外に、「さりげなく人に好感を与える」といった奥床しさと要領のよさも付け加えたい。

 

その他、言葉以外に、奇異に感じたことを少し。

一、ペンギン走り 

 一号生徒の多くが走るときペンギンのように手を伸ばしたまま前後に振る。これは一号生徒にしか許されない。二号、三号がやると「待てっ!!」がかかる。ペンギン走りはいろんな意味で私は嫌だ。

二、懐中電灯

週番生徒の照らす懐中電灯はすごい威力だ。夜間暗い所を大勢が移動する時、ピカッと照らして「急げ!!、デレデレするな!!」と怒鳴ると動きが急に早くなる。牛の群に一鞭くれると牛が急いで動き出すのと同様である。これをやるのは定めし痛快だろうと思い、笑い出してしまう。(実は自分もそれをやってみて、愉快だった。)

三、巡検随行

たった一度、巡検随行を経験した。甲板士官、週番生徒に随行した。各分隊の寝室に入ると、部屋の中はしーんと静まり返り、ほんの二、三分前まで、そこで三号のドタバタと一号生徒の怒声が飛び交っていたとはとても考えられない。おかしさと同時に、舞台裏を知っていて、芝居を見ているようだった。また、週番生徒(一号生徒)の甲板士官に対する猫のように従順な態度も愉快だった。

その他、嫌なこと、辛いこと、嬉しいこと、楽しいこと、交々思い出されるが、十七・八歳の多感な青春時代を海軍で過ごしたことが、その後の人生観、対人関係に大きな影響を与えたと、深く感謝している。

 

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