分隊日誌

                 F 福 川  辰 郎

 

昭和二十年我々が二号生徒として垂水の海軍経理学校に在籍していた当時、各分隊内で一号生徒から三号生徒まで順番に、分隊日誌を記帳していたことをご記憶の方も多いことと思う。

当時私が所属していた十四分隊の分隊日誌の原本を、当時の長谷川 昭一号生徒が、終戦直後復員の際、廃棄処分の書籍の山の中から見つけ出し、許可を得て持ち帰り保管しておられ、平成十二年東京築地で開催された分隊会で披露された。この分隊日誌の写しを上野仁一三号生徒が保管しておられ、その中で私が日誌当番として記述している部分を、当時の貴重な体験資料として披露させて頂く。

日誌の巻頭には次の記帳心得が記されている。(原文のまま)

片仮名文語体トシ楷書ニテ墨書スベシ

分隊日誌ニ記註スベキ事項、概ネ次ノ如シ

行事(分隊日時及ビ生徒一般記事)

訓示、講話又ハ注意事項ナドノ要領

分隊員ニ関スル事項

当直監事名

必ズ分隊伍長ノ点検ヲ経テ、分隊監事に提出スベシ

次に足立順二郎分隊監事(海経二十九期)の朱筆で、分隊のモットーが掲げてある。

「分隊ハ家ナリ我々ハ兄弟ナリ軍紀厳正士気旺盛真剣勝負第十四分隊第一等」

日誌は、昭和二十年三月三十日伍長であった藤井俊彦生徒の記述に始まり、一号生徒八名、二号生徒十五名、三号生徒十七名計四十名の分隊員が一日の漏れなく記述している。日誌は、終戦後の八月十八日で終わっているが、その間私は四回の日誌当番を務めている。

 

四月九日 月曜日 曇後雨     第三十七期生徒 福川辰郎

一、行事

〇八一五――〇八五〇 採用豫定者 主任指導官訓話

〇八五五――一〇四〇 採用豫定者 陸戦

一〇四五――一一三〇 採用豫定者 身廻整頓

一三〇〇――一五四五 採用豫定者 入校式豫行 

一四四五――一五四五 第一、二学年生徒分隊訓育

二、訓話 分隊監事訓話

孫子ハ吾等軍人ニトリテ一読ニ値スル書物ナリ。然シ吾ハ日本人ナリトノ考ヘヨリ出発スベシ。然ラバ日本人トハ何カ。此ハ宿題ニスル故、各自考究スベシ。又東洋人トハ何カ。東洋的物ノ考へ方ヲ感得スベシ。我ガ諸子ニ望ムコト三ツアリ。

一、良イ日本人ニナレ。

一、立派ナ海軍士官ニナレ。

一、立派ナ海軍主計科士官ニナレ。

三、感想

愈第三十八期生徒ノ入校式ヲ明日ニ控フ。五百名ノ青年ヲ迎フルハ将ニ海軍ニ大勢力ヲ加ヘントスルナリ。古来国家ノ危急ヲ救ヒシハ若キ青年ノ血ナリ。今日ノ国家ノ危急ヲ救フハ我々ナリ。新三号未ダ落着カズオドオドシタル所アリ。コレヲ明ルク素直ナタクマシキ三号タラシムベク指導シ、近キ将来ノ御奉公ニ備ヘン。

四、当直 佐藤監事

 

五月十八日 金曜日 曇      第三十七期生徒 福川辰郎

一、行事

〇五〇〇       生徒呼集 騎馬戦

一二二〇――一二三五 銃器点検

一四四五――一六三〇 陸戦(夜間戦闘)

一七〇五――一七二五 軍歌

一九〇〇――二一〇〇 映画

二一三〇       巡検

二、人事

誕生祝日  有延生徒

出勤    平川生徒

三、感想

孫子曰ハク「無恃其不来恃吾有以待之」。ト。コレ常ニ準備ヲ怠ラザルヲ言ヘルモノナリ。我等ノ陸戦特別訓練モ最悪ノ事態ニ備へ、一朝大事アルニ当リテハ敢然トシテ起チテ戦ハンガ為ナリ。宜シク

思ヲココニ致シ十分精進スベキナリ。

四、当直 小池監事

 

六月二十四日 日曜日 雨後曇   第三十七期生徒 福川辰郎

一、行事

〇八三〇――一一三五 課業

一二三〇――一八〇〇 外出

二、感想

古語ニ「天時不如地利地利不如人和」ト。カカル国家危急存亡ノ秋ニ於テハ故ニソノ感ヲ強ウスルナリ。一個人一家ハ言ウニ及バズ、一国トシテ之ヲ見ルニ上下能ク相和セザレバ、国民ノ団結薄弱ニシテ遂ニ敵ノタメ乗ゼラルルナリ。カカル不利ナ情勢ナレバコソ下ハ上ヲ信ジ上ハ下ヲ信ジテ頑張リ続ケザルベカラズ。今日欧州ノ大戦乱モ結局ハ人和ヲ得タルモノノ勝利ニ帰スルヤ蓋シ疑フ余地ナキモノナリ。将来世界ノ平和ヲ主ル我ガ国、宜シク人和ヲ得ルヲ以テ、其ノ根本ト為スベキナリ。

三、当直 須藤監事

 

七月二十八日 土曜日 晴     第三十七期生徒 福川辰郎

一、行事

〇五三五 警戒警報発令

〇五四四 空襲警報発令

〇八一四 空襲警報解除

〇八二四 警戒警報解除

〇九四九 警戒警報発令

一〇〇一 空襲警報発令

一〇四〇 空襲警報解除

一一〇九 警戒警報解除

一二三九 警戒警報発令

一三一六 空襲警報発令

一四〇八 空襲警報解除

一四二〇 警戒警報解除

一四四〇 陸戦隊集合

一五二七 警戒警報発令

一五三〇 空襲警報発令

一六五六 空襲警報解除

一七〇一 警戒警報解除

一七一〇 第一次陸戦訓練終了講評

一七五一 合戦準備要具収め

一八一五 陸戦隊集合

二二〇五 警戒警報発令

二二三〇 陸戦第二次訓練終了講評

二二五五 空襲警報発令

〇二二七 空襲警報解除

〇二四三 警戒警報解除

二、人事

軽業見学止 松尾生徒

軽業見学止 高柳生徒

三、感想

本日ハ終日警報発令サレ殆ド防空壕内ニテ過セリ。カカルコトハ今後益増加セン。兎角退嬰的トナリ勝チナレド益々意気ヲ盛ニシ壕内生活ニ慣レン。

四、当直 木村監事

 

当時の十四分隊監事であった足立順二郎教官も、この分隊日誌が披露された分隊会に出席され、分隊日誌を読み直されて、次のような感想を述べられている。

「五十年前にタイムスリップしたような気持ちと、あまり変わっていない自分と、両方の気持ちを味わいました。いや、今の私よりも、当時の私のほうが偉かったかもしれないとも感じました。あの日誌は貴重な歴史の資料ですね。後世に残したいものです。」

 

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